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東京地方裁判所 平成6年(ワ)21553号 判決

原告

市原一子

被告

岩村裕之

ほか一名

主文

一  被告岩村裕之は、原告に対し、金二八三九万五七七〇円及びこれに対する平成五年六月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告安田火災海上保険株式会社は、原告に対し、被告岩村裕之に対する右判決が確定したときは、金二八三九万五七七〇円及びこれに対する右判決が確定した翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを五分し、その三を原告の負担とし、その余は被告らの負担とする。

五  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告岩村裕之(以下「被告岩村」という。)は、被告安田火災海上保険株式会社(以下「被告安田火災」という。)と連帯して、原告に対し、金八四七一万二四四八円及びこれに対する平成五年六月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告安田火災海上保険株式会社(以下「被告安田火災」という。)は、被告岩村に対する右判決が確定したときは、原告に対し、金八四七一万二四四八円及びこれに対する右判決確定の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要(争いのない事実及び証拠上優に認定できる事実)

一  本件事故の発生

1  事故日時 平成五年六月八日午後一〇時五五分ころ

2  事故現場 千葉市花見川区畑六〇八番地一先道路(以下「本件道路」という。)

3  被告車 自家用自動二輪車

運転者 被告岩村

所有者 被告岩村

4  事故態様 原告が、本件道路を横断中、左方から本件道路を直進してきた被告岩村運転の被告車が原告に衝突した。

二  原告の傷害の程度と後遺障害(甲二、三の一ないし八、四ないし六)

原告は、本件事故によって、左横隔膜破裂、脾損傷、腎挫傷、左大腿切断、前頭葉硬膜下水腫、骨盤骨折、右橈骨遠位端骨折、右足関節脱臼、顔面打撲の傷害を負つた。

原告の右傷害は、平成六年四月一二日症状が固定して、後遺障害を残存し、自動車保険料率算定会から、左大腿切断について自動車損害賠償保障法施行令二条別表の後遺障害等級(以下「後遺障害等級」という。四級五号に、顔面醜状について同七級一二号に、脾臓摘出について同八級一一号に、左肩機能障害について同一〇級一〇号に、骨盤骨折による変形が同一二級五号に、右手機能障害が同一二級六号に、右足機能障害についてが同一二級七号に、それぞれ認定され、原告の後遺障害等級は併合二級と認定された。

三  責任原因

1  被告岩村

被告岩村は、被告車を所有して、運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法三条により、原告に生じた損害を賠償する義務がある。

2  被告安田火災

被告安田火災は、被告岩村との間に、左記のとおりの自家用自動車総合保険契約を締結したので、被告岩村に対する本判決が確定したときは、原告に対し、判決で確定した損害額と同額の保険金を支払う義務がある。

(一) 契約者 被告岩村

(二) 被保険車両 被告車

(三) 保険金額 対人無制限

四  争点

過失相殺の可否及び過失割合

第三争点に対する判断

一  当事者の主張

1  被告らの主張

本件事故は、夜間、幹線道路で発生したものであり、原告は横断歩道付近の路上で、かつ、被告車の直前を横断しているこという過失相殺に際して加算して考慮すべき事由が存在し、他方、本件事故現場が、住宅街若しくは商店街に準じる場所であること、被告車は、制限速度を超過した時速六〇キロメートルで走行していたことという過失相殺に際して減算して考慮すべき事由が存在するので、本件では、その損害から一五パーセントを過失相殺すべきである。

2  原告の主張

被告車は、時速六〇キロメートルで走行していたのではなく、時速七〇キロメートルで走行していたのであり、原告の重大な後遺障害を考えると、本件では、過失相殺は認められるべきではない。

二  当裁判所の判断

1(一)  前記争いのない事実等のほか、甲一、七、八の一及び二、九ないし一四並に弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

(二)  本件道路は、千葉市稲毛区園生町方面と同市花見川区天戸町方面を結ぶ、片側車線の幅員が三メートルの歩車道の区分された片側一車線のアスフアルトで舗装された直線道路である。本件事故現場付近は市街地で、視界は良好であり、速度は毎時四〇キロメートルに規制されている。本件事故現場から園生町方面に約二八メートルの地点に横断歩道が設置されているが、信号機で交通整理は行われておらず、本件事故時の交通量は閑散としていた。

(三)  原告は、夫の訴外市原行雄(以下「訴外行雄」という。)とともにパチンコをし、その後、本件事故現場付近のカラオケボツクスに徒歩で向かった。原告は、訴外行雄の前方を歩いていた。訴外行雄が本件道路の歩道上まで至つたとき、原告は、訴外行雄の約五・九メートル前方を天戸町方面に向かつて歩いていた。さらに訴外行雄が約一一・三メートル天戸町方面に向かつて進行したとき、約八・五メートル先を歩行していた原告が本件道路を横断しだした。そのとき、園生町方面からオートバイの音が聞こえたので、訴外行雄は約一・九メートル天戸町方面に歩いて園生町方面を見たところ、園生町方面約六二・五メートルの地点を天戸町方面に向かつて進行してくる被告車を発見した。被告車は、時速約六〇ないし約六九キロメートルで本件道路を園生町方面から天戸町方面に向かつて直進中であつたが、訴外行雄は、被告車を通過させてから横断しようと考え、約三メートル進行した園生町方面に向かう車線上のセンターライン手前付近で立ち止まつたところ、訴外行雄の前を被告車が通過した直後に約七・一メートル天戸町方面の同方面へ向かう車線上で、原告と被告車が衝突した。

2  被告岩村に前方不注視の過失があることは被告らも争つていないところ、右認定した事実によれば、本件道路は直線で見通しが良好で、交通も閑散としていたのであるから、被告岩村の前方不注視の程度は著しい上、被告岩村は、夜間とはいえ、市街地にある本件道路を制限速度を約二〇ないし約二九キロメートル超過した高速度で進行していたのであり、これが、本件事故の発生及び被害の重大化に影響を与えたことは明らかであつて、これらを合わせ考えると、被告岩村の過失は悪質であると認められる。他方、原告とほとんど同じ場所を横断しようとした訴外行雄は、被告車を発見し、被告車を通過させてから本件道路を横断しようとしているのであるから、原告にも左方不注視の過失があることは明らかである。なお、原告が、被告車の直前を横断したとは認められない。

以上、認定したような本件事故の態様、原告、被告岩村の双方の過失の態様に加え、右認定のような片側一車線で、歩車道が区分され、幅員が六・三メートルであること、市街地であることという本件道路の状況を考えあわせると(本件道路は市街地を走行する道路であるが、幹線道路とまでは認めがたい。)、本件では、被告ら主張のとおり、その損害から一五パーセントを減殺するのが相当である。

第四損害額の算定

一  原告の損害

1  治療費 四九四万〇七〇四円

当事者間に争いがない。

治療費については、被告は、四九四万五八五四円の支払いをした旨主張しているが、乙一ないし六、七の一ないし三、八の一ないし四、九の一ないし三、一〇の一及び二、一一の一ないし三、一二の一ないし三、一三の一及び二、一四の一ないし三、一五の一及び二、一六の一及び二、一七並びに一八によれば、被告安田火災が各医療機関に支払つた治療費の合計は、原告も認める四九四万〇七〇四円と認められるので、被告らの主張は採用できない。

なお、右治療費については、既に被告安田火災が各病院に支払い済みであり、原告は本訴において請求していないが、過失相殺を行う前提として、原告の全損害を認定しておく必要があるので、これを認定する。

2  入院雑費 三四万三二〇〇円

原告は、本件事故によつて二六四日間入院して治療を受けたことが認められるところ(甲二、三の一ないし八)、右入院期間中に雑費として、経験則上一日当たり一三〇〇円を要したと認められる。

3  将来の付添料 認められない。

原告は、日常生活にも第三者の介護を必要としているので、将来にわたり一日当たり五〇〇〇円の付添料を、平均余命までの期間の三三年間必要とするので、将来の付添料は中間利息を控除した二九二〇万円である(円未満切り捨て)と主張している。

原告が前記のとおりの後遺障害を残存し、併合二級の認定を受けていることは当事者間に争いがない。甲一八及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、前記後遺障害の影響で日常生活に相当の負担を強いられていることが認められるものの、義肢を使用して一人で歩行ができ、時間をかければ料理や洗濯も可能であることが認められるので、このような原告の生活状況から見ると、損害賠償として認めなければならない程度の付き添いの必要性は認められない。

4  転入院のための交通費 認められない。

乙一九の一で被告岩村が転院のための移動車両代として四万円を支払つた旨記載しているが、原告は、右の受領を否定しているので、これによつて転入院のための交通費を認めることはできず、他に、原告主張の転入院のための交通費を認定するに足りる証拠はない。

5  転居費用 五七万一二一円

当事者間に争いがない。

6  義肢代 九一万〇九五〇円

当事者間に争いがない。なお、義肢代についても、原告は本訴において請求していないが、過失相殺を行う前提として、原告の全損害を認定しておく必要があるので、これを認定する。

7  将来の義肢代 一七五万五三二四円

乙一八号証及び弁論の全趣旨によれば、義肢代は、単価が三六万円であること、耐用年数は三年間であるため、三年ごとに取り替えが必要であること、原告は、症状固定時五〇歳の女性であるから、原告主張のとおりその平均余命の三三年間に、三年ごとに一〇回の交換を必要とするから、その間の中間利息をライプニツツ係数によつて控除すると、将来の義肢代は一七五万五三二四円となる。

8  休業損害 二六二万六四五二円

甲一五によれば、原告は、本件事故当時、訴外有限会社メグミ工業に勤務し、平成四年には年間三二七万二〇〇〇円の収入を得ていたところ、本件事故によつて、症状が固定するまでの二九三日間、就労することができず、右収入を得ることができなかつた。右収入は一日当たり八九六四円になるので、原告の休業損害は二六二万六四五二円となる。

9  逸失利益 三二七二万七〇二四円

原告は、原告に前記の後遺障害が残存した結果、原告の労働能力喪失率は一〇〇パーセント喪失したと主張している。

ところで、原告の逸失利益は、原告主張のとおり、症状固定時の平成五年の賃金センサス第一巻第一表の女子労働者学歴計の平均賃金である年間三一五万五三〇〇円を基準にして算定するのが相当であるが、右は、主として原告の日常家事を金銭的に評価したものと認められるところ、前記3で認定したとおりの後遺障害が原告の生活に与えている影響に見ると、原告が、日常家事能力まで一〇〇パーセント喪失したとは認められない。したがつて、原告は、最も重度の後遺障害である左大腿切断の四級相当の九二パーセントの労働能力を喪失したと認めるのが相当である。

原告は、症状固定時五〇歳であつたので、本件事故によつて、労働可能な年齢である六七歳まで一七年間にわたり、毎年三一五万五三〇〇円得べかりし利益を喪失したものと認められる。したがつて、原告の逸失利益は、右三一五万五三〇〇円に、労働能力喪失率九二パーセントと一七年間のライプニツツ係数一一・二七四を乗じた額である金三二七二万七〇二四円と認められる。

10  慰謝料 二四五〇万円

原告が症状固定までに要した入通院期間、原告の後遺障害の程度、その他、本件における諸事情を総合すると、本件における慰謝料は、傷害慰謝料が二五〇万円、後遺障害慰謝料が二二〇〇万円の合計二四五〇円と認めるのが相当である。

11  合計 六八三七万四八六四円

二  過失相殺 五八一一万八六三四円

前記のとおり、本件ではその損害から一五パーセントを減額するのが相当であるから、その結果、原告の損害額は五八一一万八六三四円となる。

三  既払金 三二三二万二八六四円

原告が、被告安田火災から後遺障害補償費として二五九〇万円、治療費として四九四万〇七〇四円、義肢代として九一万〇九五〇円の合計三一七五万六八〇四円、被告岩村から転居費用として五七万一二一〇円(原告は五七万二二一〇円とも解せる主張をしているが、転居費用の主張から見ても五七万一二一〇円と認めるのが相当である。)の合計三二三二万二八六四円の支払を受けたことは当事者間に争いがない。

治療費の支払いについては、前記のとおり、原告が自白する部分を超える部分については、被告らの主張は採用できない。また被告らは、被告岩村が、右の五七万一二一〇円の外にも合計一六〇万円を支払つた旨主張し、被告岩村が原告に右主張に沿う金員を支払つている証拠も見受けられるが(乙一九の一及び二、二〇、二一)、原告が、損害賠償金の弁済としての右金員の受領を否認している上、右各証拠中の記載も見舞金等、損害の賠償とは認めがたい内容も含まれているため、右各証拠によつても、被告岩村が、損害賠償の支払いとして合計一六〇万円を支払つたとは認められない。

四  損害残額 二五七九万五七七〇円

五  弁護士費用 二六〇万円

六  合計 二八三九万五七七〇円

以上の次第で、原告の損害額は、二八三九万五七七〇円と認められる。

なお、原告は、被告岩村は、被告安田火災と連帯して賠償すべきと主張しているところ、原告の被告安田火災に対する請求が、保険金の直接請求であることは、その請求からも明らかであるから、被告や安田火災に対しては、被告岩村に対する判決の確定を条件として認容し、被告岩村と被告安田火災は連帯して債務を負担するとは認められない。

第五結論

以上のとおり、原告の請求は、被告岩村に対して、金二八三九万五七七〇円及びこれに対する本件事故の日である平成五年六月八日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払いを、被告安田火災に対して、被告岩村に対する右判決が確定したときに、金二八三九万五七七〇円及びこれに対する右判決確定の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員支払いを求める限度で理由があるが、その余の請求は理由がない。

(裁判官 堺充廣)

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